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東京高等裁判所 昭和62年(行コ)78号 判決

控訴人 瀬古沢由松 ほか五名

被控訴人 茨城県知事 ほか一名

代理人 河村吉晃 山田文夫 ほか一七名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人茨城県知事が昭和五八年六月二日付茨城県告示第八六三号をもつてなした原判決別紙事業目録(一)記載の事業の認可を取り消す。

3  被控訴人建設大臣が昭和五八年七月七日付建設省告示第一二七三号をもつてなした原判決別紙事業目録(二)記載の事業の認可を取り消す。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件各控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄(原判決三枚目裏三行目冒頭から同一六枚目表三行目末尾に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表六、七行目及び同一三枚目裏七行目各「一三条四号」を各「一三条一項四号」と改める。)。

第三証拠関係 <略>

理由

一  当裁判所も、控訴人らの本件各訴えは不適法として却下を免れないものと判断する。その理由は、原判決の理由説示(原判決一六枚目表八行目冒頭から同二一枚目表八行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

二  よつて、原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西勝也 鈴木經夫 山崎宏征)

【参考】第一審(水戸地裁昭和五八年(行ウ)第一二号 昭和六二年七月九日判決)

主文

原告らの本件各訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

一 原告ら

1 被告茨城県知事が昭和五八年六月二日付茨城県告示第八六三号をもつてなした別紙事業目録(一)記載の認可を取り消す。

2 被告建設大臣が昭和五八年七月七日付建設省告示第一二七三号をもつてなした別紙事業目録(二)記載の事業の認可を取り消す。

3 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二 被告ら

1 本案前

主文同旨

2 本案

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一 原告らの請求の原因

1 原告らは、別紙事業目録(一)、(二)記載の事業(以下併せて「本件事業」という。)の道路の沿線において居住若しくは生計を営んでいる者である。

2 事業認可

(一) 被告茨城県知事(以下「被告知事」という。)は、別紙事業目録(一)記載の事業について土浦市の都市計画事業認可申請に対し、昭和五八年六月二日付茨城県告示第八六三号をもつて、都市計画法五九条一項に基づく認可をした。

(二) 被告建設大臣(以下「被告大臣」という。)は、別紙事業目録(二)記載の事業について茨城県の都市計画事業認可申請に対し、昭和五八年七月七日付建設省告示第一二七三号をもつて、同法五九条二項に基づく認可をした。

3 しかし、右各事業認可(以下併せて「本件事業認可」という。)には、次のような違法がある。

(一) 憲法一三条、二五条、都市計画法一条、二条、一三条四号、二項、地方自治法二条三項一号、自然環境保全法九条及び公害対策基本法五条違反

(1) 本件事業は、科学万博の観客輸送に合わせた道路作りが困難となつたことからにわかに計画された高架道建設事業であり、長期的展望に立つた都市計画でも土浦市民の生活を考えたものでもなく、右高架道は科学万博後は不要となることが当然予測されるものである。

(2) 本件事業により土浦市内の交通混雑が解消されるというが、本件事業は既存道路上に高架道を建設するものであるため、既存道路の有効幅員は狭められ、更に同市川口町内の市営駐車場が廃止されることからすると、逆に同市内の交通は更に混雑し、その解消どころか、悪化することすら予想される。また、本件事業による高架道と学園入口の一般道路との合流点での交通渋滞と、それに伴う高架道全体のだんご現象による深刻な交通渋滞も予測される。

(3) 本件事業は、既存道路の上に高架道を建設するものであるため、一般道路では考えられなかつた環境に対する影響が確実に考えられる。すなわち、既存道路そのものが幅員が狭く、沿道には商店や住宅等が密集しているため、大気汚染、騒音、振動(低周波空気振動を含む。)、日照被害、電波障害、風害、塵埃被害、水はね、泥はね被害が発生することは必定であり、また、本件予定地は、土浦市内でも最も地盤が悪く、地震等による高架道自体の倒壊も予想される。

(4) 既存道路の上に高架道を建設することは同時に交通量も二倍になることを意味し、前記被害と相俟つて、自動車の排気ガスによる大気汚染、騒音、振動等によつて原告らの健康に重大な悪影響が出ることも必定である。

(5) 右(3)、(4)の公害はいうに及ばず、都市美観の破壊、夜間照明による健康への影響も懸念される。

(6) 以上のとおり、本件事業は、幸福追求権を定める憲法一三条及び人間的生存権を定める同法二五条に、都市の健全な発展と秩序ある整備を定める都市計画法一条、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保並びに土地の合理的な利用を図るべきことを定める同法二条、都市施設は、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するよう定めるべきことを規定する同法一三条一項四号及び都市計画は当該都市の住民が健康で文化的な都市生活を享受することができるよう定めなければならない旨規定する同条二項に、地方公共団体は住民の安全、健康及び福祉を保持する任務を有している旨規定する地方自治法二条三項一号に、地方公共団体は当該地域の自然的社会的諸条件に応じて自然環境を適正に保全するための施策を策定し実施する責務を有している旨定める自然環境保全法九条に、地方公共団体は住民の健康を保護し生活環境を保全するため当該地域の自然的社会的条件に応じた公害の防止に関する施策を策定し実施する責務を有している旨定める公害対策基本法五条にそれぞれ違反するから、かかる事業についてなされた本件事業認可も違法である。

(二) 地方自治法二条一三項違反

(1) 本件事業は、前記のとおり、住民の福祉の増進に反するものである。

(2) 土浦市は、本件事業に関する用地買収費として二二億五三〇〇万円を予算計上し、用地買収単価を三・三平方メートル当たり最高三五六万円、最低一四八万七〇〇〇円と定めた。しかし、右用地買収単価は、本件事業の該当地域の昭和五八年度地価公示単価と比較すると極めて高額であり、通常の取引事例と比較しても五割ないし一〇割高である。このように前記用地買収費のうち違法に高額と推定される額は約一〇億円、同年度予算総額の二・四パーセントにも達するもので、税金の濫費というほかはない。

(3) 以上のとおり、本件事業は、地方公共団体の事務処理に当たり住民の福祉の増進に努めるとともに最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない旨定める地方自治法二条一三項に違反するから、かかる事業についてなされた本件事業認可も違法である。

(三) 都市計画法一六条、一七条違反

(1) 都市計画法一六条は、都市計画の案を作成しようとする場合、住民の意見を反映させるについて、公聴会を開催するか否かを自由裁量に委ねているが、本件のように土浦市の将来を決定する重大な施設の建設については特段の事由のない限り公聴会を開いて関係情報を公開し住民の意見を反映させるべきである。しかるに土浦市は、公聴会を開催せず、住民の意見を反映させる手続を怠つたものであるから、自由裁量権を濫用した違法がある。

(2) 土浦市は、本件事業について、住民の地域割を行い、各地域の説明会を各一回行つただけであつた。しかし、これだけでは質的にも制度的にも住民の意見を反映させる手続をとつたとはいえない。

(3) 本件事業道路の沿線住民は、事業反対の請願を提出したが、事業推進の請願署名多数との理由で不採択となつた。しかし、推進署名は土浦市が商工会議所、区長会、消防団、ライオンズクラブ等を利用し、作為的に作り上げたもので、住民の真意ではない。右各団体の一握りのリーダー格の人達が、土浦市の特別の意向を受けて封建的手法によつて、反対の余地をなくしたうえ、事業推進の同意を取り付けたもので、推進の意思を表わしていない。

(4) 本件事業道路沿線住民二七一名による右反対請願のほか、土浦市民九〇〇名による本件事業に反対する請願も提出されたが、これら請願に対し、土浦市は、前記のとおり策動的な賛成請願を作り上げ、数をもつて押し切つたばかりか、反対請願者について、縁故関係者を洗い出し、地縁血縁の義理をからめて反対意見を撤回させたり、市職員の場合は上司の地位利用による圧力をかけるなど、不当な手段による反対意見の抹殺をした。

(5) 原告らは、都市計画法一七条に基づき、都市計画案の縦覧に対し意見書を提出したが、土浦市の都市計画地方審議会においても、また茨城県の都市計画地方審議会においても、五分間の審議で、何の議論もないまま不採択となつた。これは、都市計画地方審議会の構成員の任命権が土浦市長並びに茨城県知事にあるため、その言いなりになつて意見書を無視したとしか考えようがない。

(6) 以上のとおり、土浦市及び茨城県は、本件事業認可に先立つ都市計画決定に当たり、住民の意見を聴き都市計画に反映させる努力をしなかつたものであるから、右決定には都市計画法一六条、一七条に違反する手続上の違法があり、これに対する本件事業認可も違法である。

(四) 閣議了解と通達違反

(1) 昭和四七年六月六日発表の「各種公共事業に係る環境保全対策について」と題する閣議了解(公共事業の施行に伴つて環境保全上重大な支障をもたらすことのないよう留意し、公共事業実施主体に対し、あらかじめ環境に及ぼす影響の内容及び程度、環境破壊の防止策、代替案の比較検討等を含む調査研究を行わせ、その結果を徴し、所要の措置をとらせる等の指導を行う。)を受けて、公共事業の施行に当たり、右閣議了解に準じて必要な措置を講じ、環境保全上の問題を惹起することがないよう格別配慮されたい旨の同月二五日付農林・運輸・建設三事務次官連名の都道府県知事宛通達が発せられた。しかも、本件事業による高架道の新設は、既設の二ないし四車線の道路上に建設するものであるから、建設省所管事業に係る環境影響評価に関する通達(昭和五三年七月一日建設省計環発三)にいう四車線以上の自動車専用道路の新設又は改築に準じたものとして、環境影響評価を行うべきものである。しかるに、茨城県及び土浦市は、本件事業認可に先立つ都市計画決定に際して、事前に環境影響評価手続を履行しなかつた。従つて、本件事業認可は、右閣議了解と通達に違反している。

(2) また、本件事業は、建設省の「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準について」と題する通達(昭和五三年一〇月三一日建設省都計発八四、道環発一二)に規定する幹線道路に準ずる道路を新設するものであり、かつ、その道路構造が高架である場合に該当するから、本件高架道路の各側の車道端から幅二〇メートルの土地を道路用地として取得しなければならないものであるのに、それがされていない。従つて、本件事業認可は、右通達にも違反している。

4 よつて、原告らは、本件事業認可の取消しを求める。

二 被告らの本案前の主張

原告らは、本件事業認可の取消しを求める法律上の利益(原告適格)を有しないから、本訴は不適法である。

1 都市計画事業認可の取消しを求める法律上の利益を有する者であるためには、認可区域内に不動産に関する権利を有する者でなければならない。けだし、認可区域内に不動産に関する権利を有しない者は、認可により、(一)土地の形質の変更、建築等の制限(都市計画法六五条)、(二)土地、建物等の先買い(同法六七条)、(三)土地等の収用又は使用(同法六九ないし七三条)等の制限を課せられることもなく、認可により何ら法律上の利益(行政事件訴訟法九条)を害されることはないからである。良好な環境というような国民一般に共通する抽象的、平均的、一般的な利益は、事実上の利益に過ぎない。

2 そして、原告らは、いずれも本件事業認可区域内に不動産に関する権利を有していない。

3 本件事業認可区域内に所在すると主張する原告小嶋賢次の所有地(土浦市大手町一〇〇七番二六の土地、以下右土地を「原告小嶋所有地」という。)は、本件事業認可区域に隣接してはいるものの、その範囲には含まれない。

事業認可区域の範囲は、これを示す都市計画法六〇条三項一号の「事業地を表示する図面」(作成の方法については同法施行規則四七条一項)(実測平面図によつて事業地を収用の部分は薄い黄色で、使用の郡分は薄い緑色で着色し、事業地内に物件があるときはその主要なものを図示することなどとされている。)によつても、図面作成上の技術的制約から、微細な限界部分の表示が困難な場合があり、かかる場合は、現実に工事が完成してその範囲が明確になるのである。(その前に地権者等からの問い合わせがあれば、個別に精密測量をして対応するのが実務の一般的運用である。)

前記の原告小嶋所有地は、本件事業認可にかかる「事業地を表示する図面」(縮尺五〇〇分の一)によれば、本件事業認可区域の範囲に含まれないことは明らかである。そして、原告小嶋所有地と本件事業認可区域とは市道中二号線側の道路縁石の北縁によつて仕切られており、右仕切線(境界線)は別紙現況横断面図(乙第四号証の二)の「官民境界」及び別紙現況平面図(甲第一六号証)のA、B点を結ぶ直線にそれぞれ相当するものである。このことは、原告小嶋所有地が本件事業により現実に施行された工事完了後の道路敷に含まれていないことからも明らかである。

三 本案前の主張に対する原告らの答弁

1 本案前の主張冒頭及び第1項は争う。

2 同第2項については、原告小嶋賢次を除くその余の原告らが本件事業認可区域内に不動産に関する権利を有しないことは認める。

原告小嶋賢次所有にかかる土浦市大手町一〇〇七番二六の土地の一部は、後記のとおり本件事業認可区域の範囲内に所在する。

3 同第3項中、原告小嶋所有地と接する市道中二号線側の道路縁石の北縁が別紙現況横断面図の「官民境界」及び別紙現況平面図のA、B点を結ぶ直線にそれぞれ相当すること、現実に施行済みの工事の道路敷に原告小嶋所有地が含まれていないことは認めるが、工事が完了したか否かは知らない。

本件事業認可区域のうち、被告大臣認可にかかる事業認可区域は、別紙現況横断面図の「官民境界」を超え、原告小嶋所有地の一部である別紙現況平面図のA、B、F、G、D、Aの各点を順次結ぶ線内の土地に及んでいる。このことは、茨城県土浦土木事務所高架事業対策室長塙が、昭和五九年一二月一三日、原告小嶋所有地が本件事業地に含まれるかどうかについての同原告の問い合わせに対し、「含まれる。」旨の答弁をしたことからも明らかである。

4 原告らは、本件事業認可区域内に不動産に関する権利を有すると否とにかかわらず、本件訴訟の原告適格がある。

原告らは、本件事業による高架道の建設によつて、大気汚染、騒音、振動(低周波空気振動を含む。)、日照被害、風害、塵埃被害、水はね、泥はねなどの被害を受けるおそれがある。また、右高架道建設予定地は土浦市内でも最も地盤が悪く、地震等による高架道自体の倒壊も予測される。従つて、原告らは、憲法一三条で保障された幸福追求権、同法二五条で保障された人間的生存権及び都市計画法一三条で保障された健康で文化的な都市生活を享受する権利によつて、本件事業認可の取消しを求める法律上の利益を有するものである。

判例のいう「法律上保護された利益救済説」を採つたとしても、都市計画法は、同法がその一六条において公聴会制度を設け、更に一七条において都市計画案の縦覧、意見書の提出を認めて住民参加を保障していることからすれば、住民の環境利益を直接保護しているものと解されるから、本件事業により右保護に係る環境上の利益を侵害される原告らは本件事業認可の取消しを求める原告適格を有するものである。

四 被告らの本案の答弁

1 請求の原因第1項の事実は不知。

2 同第2項の事実は認める。

3 同第3項は争う。ただし、同項(四)(1)の事実のうち、原告ら主張の日にその主張の如き閣議了解が行われたこと及び昭和四七年六月二六日付で(昭和四七年六月二五日付ではない。)農林・運輸・建設三事務次官連名の通達が出されたことは認める。

4 原告らは、本件事業が都市計画法一条、二条、一三条四号前段、地方自治法二条三項一号、自然環境保全法九条、公害対策基本法五条等に違反する旨主張するが、都市計画法一条は同法の目的を、同法二条は同法の基本理念をそれぞれ定めたもので、同法の解釈、運用の指針となるに過ぎないものであり、また、同法一三条の「都市計画基準」は単に都市計画を策定するに当たつて準拠すべき一般的、抽象的基準を定めたものであつて、同法運用の指針となりうるものに過ぎないと解すべきであるほか、自然環境保全法九条及び公害対策基本法五条は、それぞれ自然環境の保全及び公害対策に当たる地方自治体の採るべき指針を「責務」という文言で規定したに過ぎないことが明らかであり、これらの意味において右の諸規定はいずれも行政処分の効力を左右するような効力規定ではないのであるから、そのような規定によつて個別具体的な行政処分としてなされた都市計画事業の認可が直ちに違法となるようなことは論理上ありえないところである。また、地方自治法二条三項各号は、普通地方公共団体の事務とされているものを列挙したに過ぎず、それ自体が行為規範としての性質を有するものではないから、前同様、このような規定によつて個別具体的な行政処分としてなされた都市計画事業の認可が直ちに違法となることも論理上ありえないところである。

5 本件事業認可は、以下のとおり、手続的にも内容的にも適法になされたもので、何ら違法はない。

(一) 都市計画事業の認可が適法というためには、手続的には認可申請書が都市計画法六〇条の規定に従つた適式なものであることを要し、また、内容的には同法六一条の認可基準を充たしていることが必要である。

(二) 本件各事業認可に先立ち、茨城県及び土浦市からそれぞれ提出された認可申請書は、いずれも都市計画法六〇条の規定に従つた適式なもので、そこに手続上問題とすべき点は存在しない。

(三) また、本件事業は都市施設として都市計画に定められた街路の整備を図るものであるが、その事業内容は都市計画に定められた施設の位置、区域、種別及び構造に適合し、かつ、事業施行期間も建設大臣認可にかかる事業にあつては約六年九か月、茨城県知事認可にかかる事業にあつては約五年一〇か月と事業の規模等に照らして適切で、都市計画法六一条一号の規定に何ら反するものでなく、また、認可申請者である茨城県及び土浦市は、当該事業の施行に関して行政機関の免許等の処分を必要としないものであるから、同条二号の規定違背の有無を論ずるまでもない。

(四) 更に、本件事業認可の前提たる土浦・阿見都市計画道路三・二・三〇号土浦駅東学園線にかかる都市計画は、昭和五八年四月一四日茨城県告示第六四八号をもつて茨城県知事が定めたものであるが、これは土浦市の商業集積の高い市街地内の交通混雑の緩和及び都市機能の強化を図るため既存の都市計画道路網をも勘案したうえで定めたもので、その内容に違法な点は全くない。

また、右都市計画を定めるに当たつて、茨城県知事は、都市計画法に定めるところにより、〈1〉本件都市計画の案を昭和五八年三月四日から同月一七日まで公衆の縦覧に供し、〈2〉その際提出された意見書の要旨を提出して都市計画地方審議会に本件都市計画の案を付議し、〈3〉土浦市の意見を聴き、〈4〉建設大臣の認可を受け、〈5〉昭和五八年四月一四日付で告示を行つたもので、そこに手続上違法とすべき点は何ら存在しない。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因第2項(一)及び(二)の本件事業認可の各行政処分がされた事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、本案前の争点である原告らの原告適格の有無について判断する。

1 行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限つてこれを提起することができる旨定めているところ、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分によつて自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であり、右の「法律上保護された利益」とは、当該処分の根拠となつた実体法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることによつて保障されている利益であつて、当該利益が法律上保護された利益に当たるかどうかは、当該処分の根拠とされた実体法規が当該利益を一般的、抽象的にではなく個別的、具体的な利益として保護するものであるかどうかによつて決せられるべきものと解するのが相当である。

2 ところで、都市計画法は、同法の目的を掲げる一条、都市計画の基本理念を掲げる二条などに徴し、公共の利益を図ることをもつて本来の趣旨とするものと解されるが、同法七〇条一項は、都市計画事業についての同法五九条の認可をもつて土地収用法二〇条の規定による事業の認定に代えるものとする旨規定しているから、都市計画法五九条の認可により、都市計画事業の施行者に土地の収用又は使用の権限が付与され(都市計画法六九条等)、更に右認可の告示がなされると、事業地について、形質の変更、建築等の制限(都市計画法六五条)など不動産に関する権利を有する者に対して個別的、具体的な法的効果が生ずることになり、同法の都市計画事業に関する諸規制は、公益を図る目的のほかに、特に右のような法的効果を受ける者の利益をも個別的、具体的に保護する趣旨に出たものと解するのが相当である。そして、かかる法的効果の及ぶ範囲は、事業認可区域範囲内の不動産に限られるから、その効果を受ける者の事業認可処分の取消しを求める法律上の利益は、当該不動産の事業認可区域内に所在する範囲に限つて存在するものというべきである。

3 都市計画法は、適正、良好な都市環境の形成、保持をもつて抽象的な一つの指針とするものではあるが、住民の環境保護のため特段の具体的な規定を設けていないから、事業地付近住民に対し、一定の環境利益を保障しているものと解することはできない。

もつとも、同法一六条は都市計画の案を作成しようとする場合において、住民の意思を反映させるため、公聴会等の措置を講ずることができる旨定め、また一七条は都市計画を決定するに当たり、施行者はあらかじめ都市計画の案を縦覧に供さなければならないとし、これに対し住民等は意見書を提出することができる旨定めているが、これらの規定は、都市計画の決定に当たり、公益上の見地からできるだけ住民の意見を反映させようとする趣旨に出たものにとどまり、かかる規定も、付近住民の環境利益を個別的、具体的に保障する趣旨のものとみることはできない。これらの規定に基づく手続により個々の住民が受ける利益は、公共の利益が図られた結果による反射的な事実上の利益に過ぎず、都市計画法上個別的、具体的に保護された利益ということはできない。

また、原告らが主張する憲法一三条、二五条も原告適格を基礎付ける直接の根拠となるものではない。

4 従つて、本件都市計画事業道路の沿線において居住し又は生計を営む者というだけでは、本件事業認可処分の取消しを訴求する法律上の利益を有する者には該らず、本件事業認可区域内に不動産に関する権利を有するか否かにより原告適格の有無が定まるものであるところ、原告小嶋賢次を除くその余の原告らについては、同区域内に不動産に関する権利を有しないことは当事者間に争いがない。

5 原告小嶋賢次は、本件事業認可区域内に不動産に関する権利を有すると主張するので、これにつき検討する。

(一) 同原告が当該不動産であると主張する土浦市大手町一〇〇七番二六の土地を所有することは当事者間に争いがない。

(二) 右土地が本件事業認可区域内に存するかどうかの点については、<証拠略>を総合すれば、原告小嶋所有地は、その南側において、隣地公道敷(市道中二号線)との境界線と地上建物との間に右公道に沿い三〇センチメートル前後幅の余地があることが認められる。ところが、<証拠略>によれば、同図面においては、事業地を意味する淡黄色で表示の部分の北側境界を示す直線は、一見しただけでは原告小嶋所有地上の建物の南側面を示す直線と合致しているように見えるが、注意深く見れば、両者の直線は方位が僅かに異なり、その間に僅少の余地があることを示しており、その幅は別紙現況平面図に示されている市道中二号線と建物との間よりも狭少であると認められる。従つて、右図面が一〇分の一ミリメートル以下の精密度をもつて作成されているならば、被告大臣認可にかかる本件事業認可区域は、公道敷の境界を越えて建物との間の原告所有地内に僅かに入り込んでいることになる。

しかし、このように微細な部分については縮尺による図面の作成技術上の問題もあり、<証拠略>の図面については、これに表示されている右建物の形状は、<証拠略>と対比すれば、実際の形状と明らかに異なつているから、<証拠略>の図面は前示のような精密度を有しないものと認められる。

従つて、同図面における前記両直線の間隔表示のみをもつて本件事業認可区域と原告小嶋所有地との関係を判断することはできない。

(三) そこで、現実になされた工事の結果を勘案するに、<証拠略>によれば、原告小嶋所有地周辺の本件事業は既に工事が完成し、その道路敷部分は公道として供用されているところ、右工事施行済みの道路敷には原告小嶋所有地は含まれていないことが認められる(別紙現況平面図のA、B点を結ぶ直線(所有地境界線)が道路縁石の北縁に当たるものであることについては当事者間に争いがない。)のみならず、右道路の実況に照らせば、原告小嶋所有地を特に本件事業認可区域に含めて設定すべき必要性も存しない状況にあることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

(四) そうすると、本件事業認可区域は、原告小嶋所有地の南側境界線によつて画され、原告小嶋所有地には及んでいないものと認めるのが相当である。そして、原告小嶋賢次が本件事業認可区域内に他に不動産に関する権利を有していると認めるに足りる証拠はない。

6 以上のとおり、原告らは、いずれも本件事業認可区域内に不動産に関する権利を有する者ではないから、本件事業認可により権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者には該当せず、いずれも本件事業認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を欠き、原告適格を有しないものというべきである。

三 よつて、原告らの本件各訴えは、不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉惺 近藤壽邦 達修)

事業目録(一)

一 都市計画事業の種類及び名称

土浦・阿見都市計画道路事業三・二・三〇号土浦駅東学園線

二 施行者

名称     土浦市

所在地    土浦市下高津一丁目二〇番三五号

三 事業地

収用の部分  土浦市有明町、川口一・二丁目、中央一・二丁目、桜町三・四丁目及び大手町地内

使用の部分なし

四 設計の概要

道路延長一二六一m、標準部幅員 地表部二〇m(車道部一三m、歩道部三・五m×二)、高架部七・五m(車道部)

事業施行期間 昭和五八年六月二日(県報告示の日)から昭和六四年三月三一日まで

事業費    八一億円

事業目録(二)

一 都市計画事業の種類及び名称

土浦・阿見都市計画道路事業三・二・三〇号土浦駅東学園線

二 施行者の名称

茨城県

三 事務所の所在地

水戸市三の丸一丁目五番三八号 茨城県庁

四 事業地の所在

土浦市桜町四丁目、大町、大手町、千束町、文京町、生田町、田中一丁目、田中二丁目、田中三丁目及び字矢合場町並びに大字佐野子字向谷原地内

別紙 現況横断面図 <略>

別紙 現況平面図 <略>

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